床すべり試験の世界 すべりを数値化するC.S.Rとは?

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10月10日は何の日?

 2022年の「スポーツの日」は10月10日でした。実はこの10月10日、日本記念日協会によると1年のうちで最も記念日が多い日1)だそうです。その記念日の一つには日本転倒予防学会が制定する「転倒予防の日」があります。「転倒予防の日」には、厚生労働省と消費者庁が日本転倒予防学会と協力して転倒予防の呼びかけを行うなど、転倒予防の普及・啓発に取り組まれています2)

交通事故より身近な危険「転倒・転落」

「転倒予防」にも記念日?と驚きますが、なんと転倒や転落は交通事故よりも死者数が上回る要因であり3)、身近に潜む危険なのです。今回はこのような転倒に大きく関わる「すべり」に関するお話です。外出時、雨の日や清掃中の濡れた床などでヒヤッとした経験、ありませんか?家庭においても、入浴後に濡れた足で走り回る子供にハラハラしたことなど、転倒の危険を身近に感じる場面が思い起こされるのではないでしょうか。

「すべる・すべらない」の指標CSRとは?

 実はそのような身近に潜む危険を少しでも減らすため、滑りやすさを数値化し評価する方法があり、各所で実際に測定されていることをご存知でしょうか?駅、ビルや歩道橋などで見かけたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

引用:一般社団法人防滑適正推進協会 https://boukatsu.org/20200410-3/

多数の人が使用する場所は、バリアフリー法「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律 (平成十八年六月二十一日) (法律第九十一号) 」に基づくガイドライン「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」において、高齢者、障害者でも安全で円滑に利用できることが求められています4)5)

この中で、「床の滑りについて、評価指標はJIS A 1454 に定める床材の滑り性試験によって測定される滑り抵抗係数(C.S.R)を用いる。」(履物着用の場合)5)と定められているのです。

試験は、規定の滑り片(靴底の材質のようなもの)を貼り付けたおもりを床の上で滑らせるというもので、歩行における足の蹴り出し時の状態に近似させたものになっています6)。さて、試験結果となるこの「滑り抵抗係数(C.S.R)」とは一体どういうものなのでしょう?

C.S.Rとは、Coefficient of Slip Resistanceの頭文字です。日本語では「滑り抵抗係数」と表現され、この規格では、以下のような式で表されています。

C.S.R=Pmax / W

Pmax:最大引張荷重(N)

W:鉛直荷重(N)=785N

つまり、785Nの力で押し付けるだけの重さ(約80kg)のおもりを引きずるのにどれだけの力が必要か、ということから床の滑りやすさが求められるというものです。Wは固定値なので、Pmaxが大きくなればC.S.Rが大きくなり、Pmaxが小さくなればC.S.Rが小さくなります。引きずるために必要な力が大きければ滑りにくい、逆に小さければ滑りやすい、ということになりますね。

ちなみに、建築物の出入口などはC.S.R=0.4以上推奨とされています。

引用:株式会社レックス https://www.rex-rental.jp/large/070/middle/140/product/20865

こちらの試験では東北測器株式会社製の「携帯型すべり試験機 (ONO・PPSM)」というものが使用されています。上記の規格に準拠した「O-Y・PSM」と互換性のある携帯型滑り試験機で、様々な場所での測定を実現できるものとなっています7)。測定器部分にはイマダ製のセンサーセパレート型フォースゲージ(ZTS-DPUシリーズ)も採用いただいており、C.S.Rを算出する際の「Pmax:最大引張荷重(N)」の測定に使用されます。

つまりは摩擦

 先ほどの式ですが、「静摩擦係数」と言ったほうがなじみのある方も多いかもしれません。静摩擦係数とは、滑りにくさを表す定数で、この数値が大きいほど滑りにくいということになります。摩擦試験は、一定重量のスレッド(おもり)に紙やフィルムなどの試験片を固定し、同じ材質あるいは異なる材質の表面にのせて一定速度で引っ張って行われます。その時の最大引張荷重をスレッドの質量(鉛直荷重)で割ることで静摩擦係数COF (coefficient of friction)が算出されます。

IMADA 横型計測スタンドMH2シリーズ、デジタルフォースゲージZTSシリーズ、摩擦係数測定治具COF2シリーズなどを使用した包装フィルムの摩擦係数試験 https://www.forcegauge.net/solution/force/friction_test/48524

見た目は違いますが、装置の仕組みとしては同じですね。

日常の「すべる・すべらない」

 摩擦試験が行われる代表的なものに、紙やフィルムがあります。コピー機の紙詰り防止、フィルムの包装機におけるトラブル対策などに摩擦係数が活用されています。例えばフィルムに関しては、持続可能な包装資材が求められる昨今、その材料の評価においても摩擦係数は重要な指標の一つであると言えます。

もっと身近な例を一つ。これからの季節、雪国では雪かきをするようになります。スコップで雪をすくってポイッと捨てますが、スコップの滑りが悪くて雪が落ちずに苦労した、といった経験はありませんか?これはまさに静摩擦が邪魔をしているのです。そこでシリコンスプレーを使用すると雪が滑り落ちるようになり作業効率が上がります。これは、スプレー塗布前と後で摩擦係数に変化が生まれたからなのですね。

安全は足元から

 今回は床すべりの世界をのぞいてみましたがいかがでしたか?当サイトの「あれこれ測ってみました」で紹介している試験にも摩擦試験があります。こうしてみると、生活のあちこちに摩擦があふれているのですね!

ノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊さんにまつわるお話で、もしもこの世に摩擦がなかったらどうなるか、記述せよという問題を出したことがある8)と言います。この答え、分かりますか?

正解は・・・

白紙回答

だそうです。摩擦がなかったら、鉛筆の先が滑って字は書けないため、という理由からです。摩擦の奥深さを感じる問いではないでしょうか?

さて、今まさに足元にある床面で足を滑らせてみてください。C.S.R値、一体どれくらいでしょう?

今回は、安全は足元から!をキーワードに締めくくりたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回もぜひお楽しみに!

※最後になりましたが、今回の記事において、情報提供および製品紹介にご快諾いただいた東北測器株式会社様へ感謝の意を表します。

参考

1) 一般社団法人日本記念日協会 https://www.kinenbi.gr.jp/mypage/4487

2) 厚生労働省 転倒予防の日https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21393.html#:~:text=10%E6%9C%8810%E6%97%A5%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%A2%E5%80%92%E4%BA%88%E9%98%B2%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E3%81%8C,%E8%BB%A2%E5%80%92%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%80%8D%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

3) 厚生労働省令和2年(2020)人口動態統計月報年計(概数)の概況第6表「死亡数・死亡率(人口10万対),死因簡単分類別

4) 国土交通省「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準(3.9床の滑り)」https://www.mlit.go.jp/common/001392062.pdf

5) 厚生労働省 建築物におけるバリアフリーについてhttps://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/jutakukentiku_house_fr_000049.html#guideline

6) 小野英哲(2004)携帯型床のすべり試験機(ONO・PPSM)の開発, 日本建築学会構造系論文集 第585号, 51-56.

7) 東北測器株式会社 携帯型すべり試験機 (ONO・PPSM) https://www.touhokusokki.com/service/detail_03.php

8)「長崎新聞Nordot」2020.11.14刊

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